友人が行政書士業務で独立開業している。なかなかのやり手であるが、やはり独立するのは不安であったらしい。今でも、その怖さとは戦いながら仕事をしているというのである。確かに、大手優良企業のような安心感はないであろう。それに退職後の分も自分で稼いでおかなければならないということになる。サラリーマンとは大きく違う。
◆全国高校サッカー ▽決勝 久御山3─5滝川二(10日・国立競技場) 滝川二(兵庫)はエースFW樋口寛規(3年)が2得点する大活躍で久御山(京都)を5―3で下し、16度目の出場で初優勝を飾るとともに69大会ぶりの関西勢対決を制した。久御山は「FCバルセロナ流」の攻撃サッカーを貫いたが、あと一歩及ばなかった。兵庫県勢の優勝は戦後初で、1938年度の第20回大会の旧制神戸一中(現神戸)以来。
大会を席巻した久御山の“バルサ旋風”。回して、仕掛けて、攻め倒す。華々しく散った敗者に、スタンドは喝采を送る。「泣くとかそういうのはない。信じるパスサッカーをやり通した」。試合終了の瞬間、松本悟監督(51)は両手をパンパンと3度叩き、教え子をたたえた。
節を曲げなかった。3―4の後半ロスタイム。総攻撃の時間でもロングボールを放り込むことは一度もない。徹底してショートパスを刻み、ゴールに迫る。同50分にパスカットされて失点し、万事休す。だがMF足立は「スタイルを貫けた。失点したけどやりきった」。失点を恐れず攻め続けるスタイルは、スタンドの心もつかんだ。1―4の後半39分からFW安川、坂本のゴールで1点差とし、ロスタイムが5分と表示されると客席が大きくとどろいた。公立校が起こしかけた“奇跡”への期待だった。
1996年、松本監督が就任してから積み重ねてきたサッカーだ。ポゼッションの代名詞といえるバルセロナの映像を繰り返し選手に見せてきた。素走りの練習はせず、常にボールを使い、ゲーム形式のトレーニングで技術を磨いた。遊び盛りの高校生がバルサの試合を見るために、「小遣いはいらないから、有料放送を入れてくれ」。親に直訴する例が続出したという。
昨夏の総体京都府予選は準決勝で敗退。パスサッカーが信じられず、長いボールも蹴っていた。DF松下は「パスを回すことに怖がって、失点ごとに落ち込んでいた」。選手ミーティングを開催し、原点に立ち返る契機となった。
松本監督就任15年。DF東松は「小、中でやっていたのと違う。最初は難しかった」。逆にMF足立は「最初からこのサッカーをやるために入った」。試行錯誤を重ね、初の決勝舞台にたどり着いた久御山スタイル。“伝統”の域に達しつつある。
◆過去の決勝大量得点 両校合わせて8得点以上をマークしたのは、76年度大会の浦和南(埼玉)―静岡学園(静岡)以来。この時のスコアは5―4で、浦和南が3度目の優勝に輝いた。
◆兵庫県勢72年ぶり優勝 初優勝の滝川二は、県勢としては1938年度大会の神戸一中(現県立神戸高校)以来、17回目の優勝。過去には第8回大会まで関西の学校を中心に開催されていたこともあり、1918年度の第1回大会から、御影師範が7連覇している。
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滝川二を悲願の日本一に導いた栫(かこい)裕保監督(50)は「選手は苦しいこともいっぱいあったと思うが最後までよく頑張ってくれた」とねぎらいの言葉を口にした。
信念の人だ。「子供たちは選手以前に人間。負けていいわけではないが、何をしたって勝てばいいというのはおかしい」。1991年からコーチ、2007年から監督として滝川二を指導してきて、この信念は揺るがなかった。
昨夏の高校総体ではチームを準優勝に導いたが浮かれることはなかった。「10年後、20年後、30年後がある子供たちにとって必要なのは、人間としてどれだけ成長できたかなのだから」と言い切る。
その高校総体の兵庫県予選でトラブルがあった。県予選を制しながら、決勝で先発から外された主力選手がチームメートの前で「こんな勝ち、おもろないわ」と吐き捨てた。県予選突破の喜びは吹き飛び、指導者としてやらなければいけないことで頭がいっぱいになった。
「あの態度はどうなんだ。みんなに申し訳なくないのか」と語りかけると、数日後に主力選手は一皮むけた。「チームのためにプレーする」と誓い、試合出場とは関係なく練習に励み、仲間と一緒に勝利を祝うようになった。
チームは一つになり、ついに今回、頂点へ。「実感はあまりない。でも優勝したことはうれし
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大会を席巻した久御山の“バルサ旋風”。回して、仕掛けて、攻め倒す。華々しく散った敗者に、スタンドは喝采を送る。「泣くとかそういうのはない。信じるパスサッカーをやり通した」。試合終了の瞬間、松本悟監督(51)は両手をパンパンと3度叩き、教え子をたたえた。
節を曲げなかった。3―4の後半ロスタイム。総攻撃の時間でもロングボールを放り込むことは一度もない。徹底してショートパスを刻み、ゴールに迫る。同50分にパスカットされて失点し、万事休す。だがMF足立は「スタイルを貫けた。失点したけどやりきった」。失点を恐れず攻め続けるスタイルは、スタンドの心もつかんだ。1―4の後半39分からFW安川、坂本のゴールで1点差とし、ロスタイムが5分と表示されると客席が大きくとどろいた。公立校が起こしかけた“奇跡”への期待だった。
1996年、松本監督が就任してから積み重ねてきたサッカーだ。ポゼッションの代名詞といえるバルセロナの映像を繰り返し選手に見せてきた。素走りの練習はせず、常にボールを使い、ゲーム形式のトレーニングで技術を磨いた。遊び盛りの高校生がバルサの試合を見るために、「小遣いはいらないから、有料放送を入れてくれ」。親に直訴する例が続出したという。
昨夏の総体京都府予選は準決勝で敗退。パスサッカーが信じられず、長いボールも蹴っていた。DF松下は「パスを回すことに怖がって、失点ごとに落ち込んでいた」。選手ミーティングを開催し、原点に立ち返る契機となった。
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◆過去の決勝大量得点 両校合わせて8得点以上をマークしたのは、76年度大会の浦和南(埼玉)―静岡学園(静岡)以来。この時のスコアは5―4で、浦和南が3度目の優勝に輝いた。
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昨夏の高校総体ではチームを準優勝に導いたが浮かれることはなかった。「10年後、20年後、30年後がある子供たちにとって必要なのは、人間としてどれだけ成長できたかなのだから」と言い切る。
その高校総体の兵庫県予選でトラブルがあった。県予選を制しながら、決勝で先発から外された主力選手がチームメートの前で「こんな勝ち、おもろないわ」と吐き捨てた。県予選突破の喜びは吹き飛び、指導者としてやらなければいけないことで頭がいっぱいになった。
「あの態度はどうなんだ。みんなに申し訳なくないのか」と語りかけると、数日後に主力選手は一皮むけた。「チームのためにプレーする」と誓い、試合出場とは関係なく練習に励み、仲間と一緒に勝利を祝うようになった。
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